気付けば子育て後半戦(兄の大学受験編)

息子娘の大学受験が気になる父。嫁への不満は書かない予定。

カテゴリ: 雑記

世間は入試シーズン真っ只中ですが、我が家ではそういう緊張感はあまりありません。

特に兄は来年の受験なのですが、特にこれといった感慨もなければ思うところもないようでw、普通に生活してます。
兄は大学付属校なので、教室内にそういう雰囲気が無いのでしょう。

兄はこないだまで、今週末にある英検を受けると思っていたのですが、実は同じタイミングで学校側でTOEICの試験があると知り、結局そっちにしています。
学校側で推奨しているのはそっちの方で、その結果は大学推薦にも参照されます。

兄はすでにこの推薦は使わず、ほぼ外部受験でいく気になりつつありますが、まあ万が一ということもあり、慎重な嫁がTOEICを推して来たのです。

今のセンター試験が今回が最後ということもあり、来年の受験の不透明さがやっぱり不安な部分があります。(兄は気にしてないようですが)
ただでさえ東京の大学は合格数を絞って来ているし、、

推薦を辞退する場合はできるだけ早く教えてくださいと学校側に言われていますが(そのぶん枠が空くわけで、他の生徒の進路に影響するから当然ですが)、兄の成績の推移を見ながら最終判断はギリギリまで後ろに引き延ばす事になりそうです。

そういえばウチの子たちの中学受験のタイミングでは、我々両親ともかなり精神的に追い詰められていた気がします。
1年後にはまたあんな思いをすることになるのか。。と思うと同時に、これが最後だという思いもあります(妹ちゃんが控えてますが)。

そう考えるといろいろと感慨深いですね。

(↑つかまだ全然終わってないぞオイ)

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父の仕事の関係で、たまに関わりになる人に、娘が来年大学受験という男性がいます。

要するにウチの兄と同じ学年です。
なので、彼とは時折子供の受験の話になることがあります。
(彼は父と妙に趣味が似ている上にノリが合い、普段は趣味の話ばかりで子供の話になることはあまりない)

この学年の親としては当然、民間試験関連のゴタゴタが気になるわけですが、彼は最初から「こんなものが実現するはずがない」と、情報収集だの対策だのもほとんどやってなかったそうですw

ずいぶん思いきったなw どう考えてもあと一歩で実施、ってとこまで行ってたろ。

彼の娘は非常にしっかりした子らしく、受験に関して親が口を出す必要がほとんどないそうです。自分でなんでも調べて自分で決められると。(うらやましい)

なので彼はある意味で娘の受験を「一歩引いた目」で見ることができてます。
そういう目からは、やはり「記述式問題」など実現するはずがないと見えたのかも知れないですね。

実際、今になって冷静に考えれば、そりゃ無理だろと思いますw
ただ実際に受験するかもしれない立場にしてみれば、実現性などより、それが実施された場合にいかに適応するかを考えざるを得ません。
当事者が客観的に冷静になるなどできないのですよね。

彼の娘は先日、「センター同日模試」を受けたそうです。
(同じ日、ウチの兄は数検を受けてました)

なんで本番と同じ日に、同日と銘打ってわざわざ模試やるんだ? みたいな話にもなり、要するに精神論だよね気合い入れ直すとかそういうタイプの、と。

日本の受験産業は何か体育会的/精神主義的なところがあり、試験を気合いと精神力で乗り切るみたいなワードが普通にでてきますよね。
正月一日から勉強してみたりとか。

これ霊感商法とか民間療法とかそっち系の業界の方法論だろ、と思わないでもないですが。弱ってる人の不安を煽って無意味なツボを高価で売り付けるみたいな。。。

まあ塾はちゃんと勉強を教えてくれるので、詐欺紛いとは言えませんがね。

とはいえ、一連の民間試験利用関連では、この業界のうさん臭さの一端が垣間見えた感じはしますね。


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最近妹ちゃんが「アナ雪2見たい」と騒いでます。
友達のアニメファンと行かないのだろうかと見ていたのですが、どうもそんな気配がない。
ディープなアニオタはディズニーとか見ないのかもしれない。

一方、兄は「アナ雪」に興味がなく、そもそも最初の作品も見てない。
一緒に行ってくれる可能性のあるのは嫁ですが、今のところ反応なし。

父はというと、映画好きですが「アナ雪」はなあ。。。妹ちゃんも父と二人で映画行くのもイヤな年頃だろうしな。

そういえば、年末年始のゴタゴタの隙間を縫って、父は「家族を想うとき」という映画(ケン・ローチ監督)を見ました。

コレ



※以下映画の話なので興味ない方はここで帰りましょう。地味な映画です。

現在的な低所得者層/非正規労働者の苦境を描いた作品です。
ほとんどカタルシスのない映画ですが、グローバルに進行する格差社会の、日本でもよく聞くような貧困の現実が身も蓋も無く描かれています。

主人公は運送業の「個人事業主」として大手配送業者と契約する中年男性。
ご多聞に漏れず非人間的労働環境で、低賃金と長時間労働を強いられます。

。。。と映画の内容自体はここでは深入りしません。良い映画ですが。

この主人公は妻と2人の子供がおり、非正規労働者として、介護福祉士の妻(やはり非正規・低賃金)とともに一家を支えています。

労働者の非正規化は、グローバル企業が経営上のコストとリスクを全て労働者個人に押し付けるために採用する雇用形態ですが(ウーバーイーツみたいなもんです)、おかげで両親は家族との時間さえほとんど持てない状態になります。

で、この両親の長男君が、どうもかなり優秀らしいのだが何故か逸脱的な行動を繰り返します。
でも両親は長男君をケアする十分な時間を取れない。
すでに経済的にかなり追い詰められており、精神的余裕もありません。
多分それが長男君の逸脱の原因でしょうが。。。。

見ていて思ったのは、この長男君が真面目に学校に通い勉強してくれれば、両親はボロボロになりながらも働く意味を見出せるだろうということです。
この貧困から抜け出すには、おそらく教育が最も近道です。幸い長男君は優秀らしい。

でも両親はそう説得できないのですよね。
両親ともに低学歴と思しく、教育の意味を説明できない。
教育が豊かさへの道だと、ほのめかされもしない。低所得者地区に育ったろう両親自身が、「教育による成功」の実例を見たことがないのでしょう。
単に感情的に説教し、ついには手をあげたりする始末です。

この作品は、現在のグローバリズムにおける貧困を描いていますが、実際にはその再生産を描いています。

実際、今の私たちが自分の子供の教育を考えるとき、主要な動機は「すぐそこまで迫っている貧困に捕まらないため」なのではないかと思います。
多くの保護者が、たぶん貧困をリアルなものと考えています。

もともと日本人は学歴を豊かさへの道としてとらえてきていますが、21世紀になってそれは「貧困への恐怖」が原動力になっていると感じます。これは20世紀後半にはなかったことですね。



結局こんなこと言ってましたが、家族で嫁の母(子供達から見たらおばあちゃん)の見舞いに行ってきました。
電車を乗り継いで結構遠かったですが。

まあ話の流れで、嫁の兄家族とも合流し、一緒にお見舞いしました。
嫁兄家族には今年高3の男子もいるので、お年玉を用意してと、、、

ウチの子供らは、おばあちゃんが好きなので久しぶりに会えてよかったです。
気分的に沈んでるとかも無く元気で、体調も良さそうで安心でした。

で、ゴタゴタしている兄夫婦は亀裂が決定的で、突っ込んでは聞けなかったが書類上は離婚しているらしい。(ばあちゃんには内緒)
我が家から病院までも距離も結構ありましたが、この夫婦の距離はそれ以上な感じ。。。

表向きは夫婦らしいやり取りをしているのですが、なんというか心が通ってないよ。

しかし個人的に見ていて辛かったのは長男君。
本来今年高3で大学受験の年齢ですが、、、実はすでに高校を中退しており、高卒資格を取れる学校で通信教育中とか。。。

長男君の所在無げな、心許なげな佇まいは、どう考えたって両親の関係の影響だろ。
彼はみんなといてもずっとイヤホンで音楽聞きっぱなしだったぞ。
反抗期とかじゃなくて、普通に心閉ざしてるじゃん。。。

自分も人の親として、そういう子供を見るのはつらい。特に長男君は、それこそ保育園の頃から知ってるしな。。。

兄夫婦は二人とも、自分たちの置かれた状況に呆然としている感じで、お互い自分の事で精一杯いな感じ。
お互い「なんでこんな事になってしまったんだろう」な感じで、長男君にまで気が回らないのかもい知れない。(ちなみに親権は父親)

帰りには、どういう理由があるのか知らないけど、兄家族は3人がバラバラの駅で降りていきました。。。。

文科省が、例の国語の数学の記述式問題の導入を見送りとのこと。

まあ英語の民間業者がダメになった時点でこれは予想できたことでしょう。
問題は発表のタイミングだった訳ですが、ちょうど文科相が国外滞在中の発表とw
官僚もいろいろと気を使っているようで、大変なお仕事ですね()

結局は従来のセンター試験的なスタイルになるのかな?
これは現在高2の兄を直撃する問題なので、ちょっと気になってるのですが。

文科省の(というか国の)基本的な認識としては、現在のセンター試験的な受験制度と、それに最適化したような高校教育は、現代の社会/産業ニーズに合ってないという判断のようです。

これはいろいろな人が言っており、多くの人に共通の認識でしょう。PISAの順位が下がっていることも変化の必要を感じさせます。

ただ正に高校生の子供を抱える現場としては、そんな国家大の問題意識などより、目先の受験対策がどうしても優先します。
どんなご立派な改革でも、自分の子供が大学に受からなければ何にもならない。

そもそも新しい教育の必要性は、実は現場の親や教師、大学側こそ感じている訳です。

だからこそ親はわざわざ中額受験をして中高一貫校に子供を入れる訳だし、大学側ももう学生獲得方法を一般入試から推薦入学にシフトしてきています。
従来型の大学入試と、入試対策中心の高校教育に見切りをつけ始めているのです。

文科省の一連の入試制度の変更は、この動きと並行するものでしょう。
ただ正直、この変化は、もう入学試験を多少いじる事で対応できる限界を超えていると感じます。
全大学一斉の、一発勝負という仕組みそのものの限界なのですよね。

とはいえ国としては、まず入試改革ということにならざるを得ないでしょう。

つーことは、何らかの変化は単に先送りされただけで、数年後にはカタチを変えてまた現れる可能性が高い。
ということは、今度は現在中3の妹ちゃんが巻き込まれる可能性もあるな、、、、

以上が、今回の一連の問題に関する善意の(=ベネッセの存在に全く言及しない)感想でした。

現場からは以上です。

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